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地域研究

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地域研究 JCAS Review Vol.19 No.1 2019  P. 31-35  公開日:2019年3月29日
研究作品賞 書評

湖中真哉・太田至・孫暁剛 編

『地域研究からみた人道支援

 ──アフリカ遊牧民の現場から問い直す』
(昭和堂、2018年) 

評者 中村 安秀

NAKAMURA Yasuhide

1)交じることから新しいことがはじまる

 本書は、日本学術振興会科学研究費補助金「接合領域接近法による東アフリカ牧畜社会における緊急人道支援枠組みのローカライズ」(研究代表者:湖中真哉)による5年間(2013-17年度)の研究成果をまとめたものである。

 14名の執筆者の専門は、地域研究、人類学、獣医学、開発経済学、国際教育協力、環境学、考古学などと多岐にわたる。所属は、研究者、国際協力機構(JICA)、国際NGO、学術誌編集者と多彩である。共通点はただひとつ。アフリカの地域に深く関与してきたことである。
アフリカ地域研究者だけによる地域研究という既成の枠組みから大きく離れた本書の構成は魅力的である。地域もさまざま、視点も多様である。実務者も研究者も入り混じったなかで、ありとあらゆる多種多様な方法論が駆使されている。あまりの多様性(ダイバーシティ)の面白さは、各章のタイトルと副題を列記するだけで理解できる。ケニア、ウガンダ、エチオピアと対象地域が移動し、難民、国内避難民、遊牧民と対象が変化し、地域研究、伝統医療、教育と視点もダイナミックに切り替わる。

『地域研究からみた人道支援』の構成

まえがき
序 章 人道支援におけるグローバルとローカルの接合――東アフリカ遊牧社会の現場から

第Ⅰ部 支援の現場から人道支援を再考する――食糧・物資・医療・教育
第1章 食糧援助からの脱却を目指して――ケニア北部の遊牧民レンディーレの食糧確保
第2章 元遊牧民の多角的な生計戦略

    ――ウガンダの難民居住地における南スーダン難民の実践
第3章 物質文化と配給生活物資の相補的関係

    ――東アフリカ遊牧社会における国内避難民のモノの世界
第4章 武力に対抗する癒し――ウガンダ・ナイル系遊牧民の多文化医療
第5章 科学知と在来知の協働――エチオピア・オロモ系遊牧民の民族獣医学的実践
第6章 教育難民化を考える――ケニアのカクマ難民キャンプにおける教育の状況と課題

第Ⅱ部 政治的・文化的・社会的文脈のなかで人道支援を再考する
第7章 難民開発援助の可能性と限界――ウガンダにおける生計支援の事例から
第8章 ベーシック・ヒューマン・ニーズとしての文化遺産
    ――ソマリランドの生活文化と考古学的発見
第9章 レジリエントな社会の構築とソーシャル・キャピタル
    ――エチオピアの遊牧民・農牧民コミュニティにおける旱魃対策支援
第10章 紛争後の農業再構築――アンゴラの農耕民がとった新生活戦略
第11章 困難に直面する森の民――アフリカ熱帯林に住む狩猟採集民の人道危機
第12章 人道支援を遊牧的にローカライズする――遊牧社会の脈絡を再定義する試み

終 章 東アフリカ遊牧社会の現場からみた新しい人道支援モデルに向けて
あとがき

 みごとなまでに統一性を排除し、自由闊達に執筆者が研究成果をまとめた本書において、「多様性のなかの統一」という読後感を得ることができるのは、ひとえに研究班のリサーチ・クエッションにあったと考えられる。

 「各調査地におけるこれまでの緊急人道支援が地域住民にとってどのような意味をもち、どのような影響を及ぼしてきたのか、そして、いまだに人道的な危機に直面している人びとの状況を改善するためにはどのような人道支援の理念と方法が必要かという問いであった。」

 シンプルでかつ斬新な問いを胸に抱いて、フィールド調査に邁進した研究者や実務家の姿が目にうかぶ。

 本書を読みすすめながら私自身が関わった研究班のことを思い出していた。文部科学省が斬新なチャレンジをしていた時代に「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」として「人道支援に対する地域研究からの国際協力と評価――被災社会との共生を実現する復興・開発をめざして」(研究代表者:中村安秀)(2006-10年度)という研究班に関わった。援助機関や資金提供側の観点だけに立脚した評価ではなく、地域研究で蓄積された知見と経験を生かし、地域社会や住民の視点から評価することにより、日本の人道支援が本当に人びとの生活に役立ったのか、人びとの期待に寄り添ったものであったのか、という本質的な問いかけに答えようという挑戦的な研究班であった。5年間でのべ52名の研究分担者が参画した。地域研究者、教育・保健医療・開発経済などの国際協力研究者、NGO、国際機関、メディアなど、多様な背景をもつ人びとによる共同作業であった。

 交じることから何か新しいことが始まる。アフリカ遊牧民の現場からの問い直しという、たのしく、ぜいたくな研究班の成果を1冊の記念碑的な書物にまとめることができた努力と幸運はすばらしい。かつて、類似の研究班に携わったものからみた、編者の方々への素直な贈る言葉である。

2)だれひとり取り残さない――ラスト・マイルに暮らす人びと
 

 東アフリカ遊牧民は、近年「ラスト・マイル(last mile); 援助や支援が世界中でもっとも届きにくい地域)」とよばれるようになった世界の最貧困層の一部を形成している。そして、彼らの社会では、人道危機とそれにともなう人道的支援が常態化しつつあるという。

 本書では、さまざまな事例が紹介されている。


 ケニア北部の遊牧民レンディーレでは、世界食糧機関(WFP)が2011年にトウモロコシの粒、米、豆類や調理用油を高齢者や乳幼児がいる脆弱家庭だけに配布した。食糧のばらまきではなく、本当に必要な家庭に直接食糧を届けるというWFPの戦略であった。しかし、援助機関のスタッフが帰ったあと、集落の住民は受け取った食糧を1か所に集め、全世帯に再配分したという。「高齢者や寡婦ほどまわりの人たちに助けられている。もし彼(彼女)らがもらった食糧を自分の家だけで消費するなら、食糧がなくなって困ったときに、まわりの誰も助けないだろう」。慢性的な食糧不足と不確実な自然災害のなかで生活を維持するには、相互扶助の社会関係がもっとも重要である。外部からの食糧支援がもたらす社会の分断を防ぐため、遊牧民が自ら行う再調整機能であった。

 ケニアのカクマ難民キャンプは、1990年代から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の難民支援のショー・ウィンドウであった。食糧支援や保健医療や初等教育など国際的に手厚い難民支援が行われてきた。そこでは、教育を受けるために国境を越えて難民になった生徒がいた。難民キャンプには高等教育に進学するチャンスがあるからという理由で、自ら望んで難民となる子どもたち。大学進学や第三国定住のチャンスを家族のうち一人が得ることができれば、家族よび寄せの形で家族全員が欧米に再定住することができる。再定住するには脆弱性の高い難民が選ばれるので、単独で難民キャンプにいる子どもが選ばれる確率は高いという。

 人道支援が中立性、普遍性、公平性を尊重し、脆弱な個人や社会により手厚い支援が届くようと工夫したつもりが、その地域で暮らし続けてきた住民のしたたかさに振り回されているようにみえる。2015年9月の第70回国連総会で提唱された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」の理念は、「だれひとり取り残さない(no one will be left behind)」ことである。「人々の尊厳は基本的なものであると認識し、最も遅れているところから最初に手を伸ばすべく努力する」と宣言することはたやすい。しかし、机上で最善のプランを立てたつもりでも、実際の現場ではから回りすることも少なくない。

 今後も、人道支援の理念と方法に関する地域研究からの問い直しに期待したい。

3)移民時代の遊牧避難民
 

 「人道支援に際してより注意を払わなければならない対象は、地域の伝統文化の独自性ではなく、グローバルとローカルの組み合わさり方の独自性である」と著者たちは主張する。そのための手法として、「接合領域接近法(articulation sphere approach)」を提案している。接合領域とは、「グローバルなものとローカルなものとの間の中間に位置し、両者のネットワークを接続したり、切断したりする領域」であると定義し、接合による「変化が生じた後」のさまざまな現象に注目している。

 緊急人道支援から長期的な開発支援へと移行する過程には大きなギャップがある。緊急支援と開発援助では、資金の流れ、計画立案、実施体制、評価などすべてのプロセスが全く異なるからである。日本国内の自然災害支援においても同様のギャップがみられている。ただ、緊急人道支援の場合は、援助側の都合により、短期間に大規模な資金が投入され、国際機関や国際NGOなど援助機関同士の調整が困難な場合も少なくない。現在でも、多くの緊急人道支援の現場で、人道支援が本当に人びとが自立し尊厳ある生活を営むのに役立っているのだろうかという疑問が呈されてきた。

 もともと、最低限の生活水準すら保障されていない状態に置かれていた東アフリカ遊牧民社会にとって、突然に外部から提供される緊急人道支援のインパクトは想像以上に大きい。変化が生じた後の現象を長い期間にわたり丁寧に追い続けることは、援助機関には不可能に近く、まさに地域研究の独壇場である。今後の更なる研究の発展に期待したい。

4)人道支援――地域研究から普遍性が見えるのか?

 1990年代のアフリカ中部のルワンダ内戦における人道支援の失敗が大きな契機となって、緊急人道支援に関する種々の国際的な組織が設立された。国際赤十字・赤新月社や国際NGOが中心になって、スフィア・プロジェクト(Sphere Project)をスタートさせ、1998年に『人道憲章と人道対応に関する最低基準(ミニマム・スタンダード)』を出版した。被災した人々の人権を尊重し、具体的に水と衛生、食事や栄養、住居環境、保健医療などに関する最低限の国際的な基準を設定した。また、ALNAP(Active Learning Network for Accountability and Performance in Humanitarian Action)は、国際NGO、国連機関、先進国援助機関などのネットワーク組織であり、人道支援活動の評価や研修に力を入れている。

 災害時に人道支援を受けることができるのは基本的な人権であるという認識が急速に広まった。「持続可能な開発(sustainable development)」や「人間の安全保障(human security)」といった概念が提唱され、災害の被災者がその危険性や環境に配慮しながら、最低限人間らしい生活を営むことができる方向へと転換してきた。

 しかし、公平性や普遍性といった人道支援の重要な原則が、「人道支援を受ける人びとのたんなる同質化に転化してしまいかねない」という危惧は解決されていない。人権の不可欠な要素を構成している文化的な権利(cultural rights)と人道支援の相克と言い換えることもできる。終章にて、人間的・時間的・空間的枠組みのなかで、モデルを提示して検討は行われている。しかし、人道支援における文化的多様性の問題に対する解答はまだまだ発展途上である。

 遊牧民からみた「持続可能な開発(sustainable development)」や「人間の安全保障(human security)」はどんな姿をしているのか? 人道的な危機に直面している彼らが期待する人道支援は具体的に何なのか? 次なる課題への挑戦に期待したい。

 

■評者紹介
①氏名(ふりがな)……中村安秀(なかむら やすひで)
②所属・職名……甲南女子大学教授・大阪大学名誉教授
③生年と出身地……1952年和歌山県田辺市生まれ
④専門分野・地域……国際保健学、母子保健学、災害保健医療学
⑤学歴……1977年東京大学医学部医学科卒業
⑥職歴……医学部卒業後、都立府中病院小児科、都立神経病院神経小児科、府中保健所、三鷹保健所勤務などを経験し、その後国際協力機構(JICA専門家:インドネシア:1986-88)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR:アフガニスタン難民医療担当官:1990-91)など途上国の保健医療活動に取り組む。東京大学小児科講師、ハーバード大学公衆衛生大学院研究員(1996-97)、大阪大学大学院人間科学研究科教授(1999-2017)などを経て、2017年より甲南女子大学教授・大阪大学名誉教授。
⑦現地滞在経験……長期滞在したのは、メダン(インドネシア共和国)、イスラマバード(パキスタン・イスラム共和国)、ボストン(アメリカ合衆国)の3都市。
⑧研究手法……とくに定まった研究手法はない。フィールドでの実践活動をアカデミックな理論にどのようにつなげていくか。その混乱と葛藤の中で、使えるものは貪欲に活用してきた。
⑨学会……国際ボランティア学会・会長、公益社団法人日本WHO協会・理事長、International Committee on Maternal and Child Health Handbook・代表、日本国際保健医療学会・前理事長
⑩研究上の画期……1978年にアルマアタ宣言で提唱されたプライマリヘルスケア。ベトナム戦争とアフガニスタン侵略のあいだのわずかなデタントの時期に、米国とソ連が国際会議の同じテーブルについて同意することができた。この僥倖を活かすべく「Health for All!(すべての人びとに健康を!)」をめざした理念は、いまも輝きを失っていない。
⑪推薦図書……中村安秀編著(2018)『地域保健の原点を探る』杏林書院。  対象は戦後日本の地域社会。ただ、すべての著者が海外経験をもっている。現在日本、過去の日本、海外の地域という3点を軸にして、三角測量の要領で歴史空間的に交錯しながら思索を続けることができた。また、分野の異なる専門家との対話は限りなく楽しいものであった。交じることから何か新しいものが始まる。

 

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