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地域研究

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地域研究 JCAS Review Vol.19 No.1 2019  P. 23-26  公開日:2019年3月29日
書評

山本真鳥著
『グローバル化する互酬性

   ──拡大するサモア世界と首長制』
(弘文堂、2018年) 

評者 風間 計博

KAZAMA Kazuhiro

 本書は、サモアの人々にとって特別な交換財であるファイン・マット(パンダナス葉の細編み茣蓙)を軸に据え、「交換システムや権力との関わりを描いた民族誌」(p.3)である。前著『儀礼としての経済――サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』(山本・山本 1996)の展開として読むことができる。著者の言によれば、前著が儀礼交換の「基本構造から、サモア社会の基本原理を描こうとしているのに対し、本書は40年近いタイムスパンで移民のトランスナショナルな活動によって拡大してきたサモア世界において、ダイナミックに変わってきたものと、それと同様に変わらないものとを描こうとしている」(p.ⅰ)。

 文化人類学(以下、人類学)の古典的な贈与交換論と首長制が、現代のグローバルな文脈において、いかに位置づけられるのか。具体的に言えば、特定目的貨幣とよばれたファイン・マット(または、マットと記述)を用いた盛大な儀礼交換(ファアラベラベ)が、サモア人海外移民と本国居住者を巻き込みながら、いかなる展開を見せているのか。本稿では、こうした関心に従って各章の内容を紹介し、批評を加える。

 第1章「序論――ファイン・マットをめぐる言説と経済」では、本書に関わる人類学的諸概念を検討する。まず、モースの贈与論やワイナーの「譲渡できない所有物」等の議論にサモアのファイン・マットを関連づけて、著者はサーリンズの一般的互酬性に注目する。かつてサモアには、再分配様の財の取引があったことが示唆される一方、現在の儀礼交換を見る限り、互酬性がきわめて重要である。次に、サモアのファイン・マットに関わる先行研究が検討される。リネキンは、植民地期のヨーロッパ人は、マットを「現地の通貨」と見なしてサモア人から購入した。対して、現在の購入者はサモア人であり、マットは商品から次の瞬間に贈与物となる。またシェッフェルは、変化に批判的であり、不変の部分に安堵する。シェッフェルへの批判に、変化に対する著者の積極的な評価が看取される。最後に、サモアで儀礼交換が隆盛する背景として、1)社会の競覇的関係、2)海外移民の増加が強調される。

 第2章「サモア社会の概観となりたち――地縁組織と称号システム」では、儀礼交換の政治的基盤である、称号に基づく首長制の説明がなされる。神話的伝承、一世紀前のヨーロッパ人による記録、著者の観察や聞き取り資料が分析される。親族集団アウアイガの称号保持者マタイ(家長)は、対外的には首長アリイ、または代行として演説や食物を分配するツラファレである。サモアの首長制は、ポリネシアのなかで特異であり、明確な格付け基準はない。サモア社会では歴史的に中央集権が発達せず、分権的地縁組織の相対的関係により成り立ってきた。

 アリイは、系譜の年長原理や古さのみならず、「由緒正しさ」さえ示せれば、比較的新しく成立しても権威をもつ(p.69)。ツラファレの伝承を見ると(p.75)、既存の権威をもつ称号トアファーに対し、功績による新たな称号サオファイガが優位性を附与された。アリイは生得(アスクリプション)、ツラファレは業績(アチーブメント)によって、正統性が保障される(p.78)。上下関係を決定する強固な基準をもたず、複数の称号に「ほぼ同格」の権威が認められる。そこで、実際の地縁合議体フォノの席次やカヴァ儀礼の順位において、曖昧さの導入により調整が行われ、称号の優劣を明示しない方策が採られる。

 第3章「交換システムの基本構造――ファイン・マットと親族間の儀礼交換」では、サモアの儀礼交換を三群に分けて検討する。第一群は、結婚式や初子誕生等、姻族が相互にオロア(男財)とトガ(女財)を贈与する。第二群は、称号就任式、アリイと妻の葬儀である。ツラファレにマットや現金等が贈与される。第三群は、大工の棟梁にマットと現金が贈与される落成式である。従来、マットは、女性が製作し高位アリイの元に集積され、ツラファレに流れていた。しかし現在、マットは製作女性のアイガに帰属し、姻族間のパオロ交換により流通する。この変化は、称号間の平準化に関連する。かつてあったと推察される主従間の再分配は現在見られず、親族間の互酬的交換に置き換わったと解釈される(p.122)。

 本章の要点が、現在に至る儀礼交換の変化であるならば、記述の中心である1980年前後の贈与交換も、継続的な社会経済変化に伴って再編されたものと理解できる。

 第4章「交換財の変容――市場経済への対応と新しい財の取り込み方」では、女性の作るトガ財、男性に関わるオロア財の変容を取り上げる。かつてトガは、ファイン・マットや樹皮布等から構成されたが、現在ほぼマットのみとなった。オロアは、在地食物や道具であったが、現在ブタ以外の食物は、塩漬け牛肉やコーンビーフ等の購入物である。現金もオロアに入る。大規模な儀礼交換の前、賃労者は給料を前借りし、銀行ローンを組む。市場経済が浸透するなか、交換財は様変わりしたが、儀礼交換の基本構造は変わらないと著者はいう。競覇的首長制において、儀礼交換による姻族間の連帯強化は必須なのである(p.150)。

 ただし、前章で示唆された、再分配から親族間の互酬的交換への重心の移行は、構造的変化に含まれないのだろうか。また本章の記述からは、個々人の生き方や選択は、アイガの維持や発展に回収される在地論理が看取される。極端なコミュニタリアンとしてのサモア人像は、確かに一面のリアリティをもつ。一方、著者の構造的モデルへの志向が、微細な揺らぎや逸脱を見えにくくしている可能性もある。

 第5章「移民と本国社会――サモア移民のトランスナショナリズム」では、サモア住民とアメリカやニュージーランド移住者間の贈与交換に焦点を当てる。移民は、居住国では貧困層や下位中間層に位置するが、本国に比較して高額な現金を稼得できる。そこで、本国から移民へ儀礼に必須のファイン・マットが流れ、移住先から本国へ現金が流れる。本国からの訪問マラガや移住先からの帰郷に伴い、莫大な現金と大量のマットが国境を越えて移動する。キリスト教会への献金や儀礼交換等、本国での現金の必要性は切迫し、現金入手のためにマットの過剰贈与が行われる。贈与交換は移民の生活に重い金銭的負担を与え、マットは海外に大量に滞留し、サモアで次々に制作されるマットは粗悪品ばかりとなる。

 著者は、相互扶助や一般的互酬性を保障するモラリティを強調するが、市場経済の生む無尽蔵の現金の過剰性に圧倒されながら、人々は翻弄されているように見える。人々を逼迫する競覇的関係は、いかなる機序と事由によって維持されているのだろうか。

 第6章「儀礼交換と称号システム――西サモアにおける首長称号名保持者間の役割分化」では、称号の分割による増加と不在マタイについて考察する。従来マタイは、村に居住し若者を統制していた。一方、サモアの称号継承は柔軟であり、かつて「称号分裂」が起こっていたが、近年の「称号分割」は様相が異なる。称号分割の主因は、1990年まで続いたマタイのみが選挙権をもつ不平等な選挙制度とされた。競覇的関係のもと、選挙戦を有利に進めるために称号分割が進み、マタイ数は増加した。しかし著者は、原因は選挙制度のみではないと主張し(p.218)、とくに都市や海外に住む不在マタイの重要性を強調する。

 村に住むマタイは儀礼交換に多額の現金が必要となり、村外に現金獲得を求める。不在者の金銭的貢献に対する事後的な称号授与も、将来的な現金獲得を期待した授与もある。一方、海外のサモア人にもマタイの威厳は魅力的である。また称号は、村への帰還時の保障になり子孫の利益にもなる。近隣村に住む不在マタイは、在住村のマタイへの従属から免除される。サモア人として生きるには、国内でも海外でもマタイであることが重要な意義をもつ。このようにさまざまな事由により、称号分割は生じてきたのである。

 第7章「ファイン・マットの行方――ファイン・マット復興運動と儀礼交換」では、1970~80年代に顕著になった粗悪マット(ラーラガ)増加後の状況を論じる。1991年にマットの品質向上を目指すNGOが設立され、ニュージーランドの助力を得た。その後、NGOは、マット購入希望者が編み手に月々労賃を支払うスキームを始めた。この取り組みに、政府が注目した。ツイラエバ首相は粗悪マット使用禁止を演説で訴え、政府女性局は、高品質のマット(イエ・サエ)を規格化し、優秀な製作者に高額賞金を与える行事を開始した。

 復興事業により、蔑視されていたマット売買が、ビジネスとして認められるようになった。良質のマットは、非熟練労働者の年収に匹敵する値段がつく。しかし高額のためトンガ人や海外移民の手に渡っている。高品質マットは儀礼交換には登場せず、代わりに粗悪品と同じ質の大型マット(イエ・テテレ)が登場した。ファイン・マットの種類は、時代状況により変化し、マットはビジネスに取り込まれるようになった。しかし、儀礼交換システムは、海外移民と本国住民を結び、互酬性モラリティは維持され続けていると著者は主張する。

 第8章「結論」では、各章の議論がまとめられる。

 本書では、40年にわたる継続的調査によって、サモアと移住先の海外で収集した貴重な民族誌資料が豊富に提示され、丁寧な分析がなされている。他に類を見ないサモアの研究として、高く評価されよう。また、トランスナショナルな贈与交換による移住者と本国住民との互酬的関係のモデルは、サモアに限らず、現代世界の移民研究に対して重要な視角を提示していると、評者は考える。ただし、無い物ねだりになることは承知の上で、本書における補強可能な3点を指摘したい。いずれも、同一の問題を異なる角度から論評したものである。

 第一に、サモア以外の移民研究について、ほとんど論じられていない点である。現代世界では、アジアやアフリカ諸国から欧米等へ渡る移民は、ごく普通に見られる。オセアニア島嶼に限定しても、多くの移民がオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ本土、ハワイ、グアムに移住している。人類学的な移民研究の検討を、著者は敢えて避けたように見える。

 第二に、グローバル化と銘打ちながらも、サモア社会内部に視点が留まっている点である。副題にある「サモア世界」という語が、本書の性格を示している。サモア人移民は、望郷の念にかられたディアスポラとは異なる。SNS等電子媒体による日常的連絡、飛行機による往来、送金を通じて、移民は本国と深く繋がっている。著者は、「何らかのサモア的文化的紐帯が結ぶ人々の世界」(p.28)を「サモア世界」という語で表現した。しかし移民による「サモア世界」の拡大を取り上げる一方、非サモア人との関係に言及することはない。グローバル化は、越境して他者と接触し、しばしば混淆する開かれた経験をもたらす。サモア人の移民が他の集団と疎遠である可能性もあるが、著者の視線は、拡大した「サモア世界」内部に向けられ、自ずと議論の射程を制限しているように見える。閉鎖的視点は、システムの安定に帰着する静態的モデルへ必然的に向かうのではないか。

 第三に、贈与交換という主題が、サモアを超えた検討を行わずに済まされた点である。序論で人類学の一般的な議論を引きながら、サモアのファイン・マットと首長制に繋げていく道をたどる。抽象的な概念は、サモアの互酬性を解釈するための道具に留まっているように見える。確かに、安易な一般化を拒む著者の慎重な射程の設定は、反論を許さない強みをもつ。しかし、最後に一般的な議論に立ち返れば、本書の魅力はより増したはずである。

 以上、いくつかの論点を挙げた。しかし当然ながら、本書は、サモア社会の人類学的研究に貢献するだけでなく、現代世界における本国と移民との相互関係を詳細に提示した貴重な民族誌として、高く評価されるべき書物であることは言うまでもない。

■参考文献・引用文献

山本泰・山本真鳥(1996)『儀礼としての経済――サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』弘文堂。

 

■評者紹介
①氏名(ふりがな)……風間計博(かざま かずひろ)
②所属・職名……京都大学大学院人間・環境学研究科・教授
③生年と出身地……1964年 埼玉県
④専門分野・地域……人類学 オセアニア島嶼地域
⑤学歴……総合研究大学院大学文化科学研究科修了
⑥職歴……修士課程修了後、医学系出版社勤務(3年間)。博士課程修了後、国立民族学博物館COE研究員(7か月)、筑波大学講師・助教授・准教授(計12年間)、京都大学教授(2012年~現在)
⑦現地滞在経験……キリバス共和国[主にタビテウエア環礁](博士後期課程在学中、フィールドワーク2年間)。その後、フィジーやキリバス等のオセアニア島嶼地域にて、毎年の短期調査

⑧研究手法……可能な限り、地元の方々と同じ生活を送るフィールドワーク。人々の経験や認識・感覚を理解するための観察と対話

⑨学会……日本文化人類学会、日本オセアニア学会ほか
⑩研究上の画期……ソヴィエト崩壊と民族紛争
⑪推薦図書……上村忠男(2002)『歴史的理性の批判のために』岩波書店

 

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