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地域研究

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地域研究 JCAS Review Vol.18 No.1 2018  P. 56-59  公開日:2018年3月30日
研究作品賞 書評

Tatiana Karabchuk, Kazuhiro Kumo, and Ekaterina Selezneva.

Studies in Economic Transition

Demography of Russia:

From the Past to the Present

(Palgrave Macmillan, 2016) 

評者 樋渡 雅人

HIWATARI Masato

 本書は、ロシア経済を専門とする日本とロシア出身研究者らによる、ロシアの人口動態・人口問題を扱った一連の国際共同研究の成果である。ソ連崩壊後、ロシアでは、約20年間にわたって、死亡数が出生数を上回るという人口の自然減少が続いた。本書は、ロシアにおける長期的な人口動態の特殊性やその背景要因について、可能な限りの統計データを収集・整備し、様々な角度から独自の分析を行った労作である。トピックとしては、長期的統計整備、人口政策史、結婚・離婚、出産や死亡の要因分析、域内人口移動等を含んでいる。
 以下では、本論に入る第2章以降の内容を概観したうえで、本書の意義について述べたい。
 第2章「ロシアの人口統計――ロシア帝国、ソ連、ロシア連邦」は、ロシア帝国時代から現在に至る人口統計制度の変遷を概観したうえで、19世紀半ば以降の長期的な人口統計の再構築を試みている。ロシアにおける人口調査の歴史は18世紀に遡るほど古く、中央集権化された統計システムが早くから確立されていた。しかし、統計制度や行政区画の度重なる変更の影響により、人口データはこれまで断片的に扱われることが多く、人口動態推移の通時的な把握は困難であった。そこで本章は、現行のロシア連邦の領域という地理的範囲を統一基準とし、入手可能な限りの一次資料に依拠して、19世紀半ば以降のロシア人口統計を再整備している。結果としての人口統計は、ロシア革命、大粛清、第二次世界大戦に伴う人口の甚大な損失、ソ連解体後の出生率の急激な低下と死亡率の上昇など、人口変動の長期的な趨勢を明示的に映し出すものであった。
 第3章「ソビエトと現代ロシアにおける人口政策」は、ロシア革命以降から現在までの人口政策の歴史的変遷を、関連法令等に言及しながらレビューしている。ロシア革命以降、労働者、母、家族の世話役など、複数の役割を担うソビエトの女性像が唱道される中、軍事や労働面での人的資源不足から、女性の人口再生産能力は人口政策の焦点であり続け、歴史的に様々な施策が行われてきた。現代ロシアにおいては、2006年以降に積極的な政策関与が始まり、2025年までの人口増加プログラムが策定されている。2015年にはプログラム第二期の目標はある程度達成したとされるが、人口ピラミッド構造を考えると、今後の見通しは明るくないことが指摘されている。
 第4章「結婚と離婚――1994-2014年」は、現代ロシアにおける婚姻関係の特徴を扱い、結婚と離婚の要因分析を行っている。1960年代から90年代にかけて、ロシアにおける結婚率は大きく減少し、離婚率は急増した。これらの数値は2000年代以降も大きな回復は見られない一方で、近年では、無登録の同棲形態が増加するなど新たな風潮も生まれている。本章では、1994-2014年のロシア長期モニタリング調査(RLMS-HSE)の個票データを用いて、現代ロシアの未婚者の結婚及び既婚者の離婚の決定要因に関して、プロビット・モデルを用いた推計をしている。結果からは、結婚要因としては、高い個人所得や教育水準に加えて、無登録の同棲生活の経験が有意な効果を与えること、離婚要因としては、教育が離婚を押しとどめる効果は女性にのみ見られること、喫煙は離婚率を高めるが、アルコールはそうではないなどの興味深い発見が報告されている。
 第5章「現代ロシアにおける出生率と不確実性」は、第1子の出産の決定要因を扱っている。ロシアの総出生率は、1989年には2.01人の人口再生産水準であったが、移行期の混乱の中、2000年までに1.2人まで落ち込み、その後はやや持ち直したものの低水準にとどまっている。本章では、2000-2013年のRLMS-HSEの個票データを用いて、15-49歳の出産適齢期の子供のいない女性を対象に、第1子の出産の決定要因に関して、雇用や所得の不確実性に特に配慮しつつ、ロジット・モデルを用いた推計を行っている。結果としては、家計所得や教育水準がもたらす正の効果や、失業の負の効果が認められるとともに、雇用女性に限った分析では、一時雇用など不安定な立場が必ずしも負の効果を与えないなど、留意を要する結果が報告されている。
 第6章「第2子・第3子の出産要因」は、第2子以降の出産の問題を扱っている。合理的選択モデルに基づくと、女性の就職、高い賃金、職場での高い地位等は、女性に対してキャリア志向の選択を促すため、第2子の出産確率を減少させ得る。一方で、(労働時間の少ない)パートタイム就職や安定した就職先は第2子以降の出産確率を上昇させ得る。本章では、2000-2009年のRLMS-HSEの個票データを用いて、17-44歳の女性を対象に第2子の出産確率の決定要因、及び、第2子の希望の有無の決定要因に関して、プロビット・モデルを用いた推計を行っている。結果は、全体として、上記の仮説に対する明確な支持を示すものではなかった。一方で、賃金の高さや臨時雇いを表す変数が有意な正の効果をもたらすことなどが認められた。
 第7章「死亡率の変化――メタ分析」は、ロシアの人口問題の中でも、高い死亡率に焦点をおく。ロシアの出生時平均余命は1960年代から既に伸び悩み、80年代末の体制転換以降は、特に壮年層の死亡率が上昇したという点において特異である。本章では、まず、先行研究の検討を通じて、医療水準の悪化、環境汚染、統計の誤謬の影響を考察するが、これらの要因は死亡率の時系列変化を捉えるには十分ではないことを指摘する。そのうえで、アルコール消費量と死亡率の整合的な時系列変化の関係性を指摘し、先行研究のメタ分析を通して、アルコール消費量が死亡率を有意に上昇させるという関係性の頑健性を確認している。
 第8章「地域間移民――流入・流出マトリックスの分析」は、ロシア国内の地域間人口移動を扱っている。ソ連時代は、極東の資源開発や中央アジアの処女地開発など、大規模な労働力再配置が行われてきた。ソ連崩壊後、こうした政策の影響から解き放たれることで、域内人口移動の性格は、より一般的な人口移動モデルに従うものへと変質したのだろうか。本章では、2003年のロシア連邦を構成する89地域を単位とする人口流入・流出マトリックスを用いて、重力モデルを用いた人口移動の要因分析を行っている。人口、距離以外にも、所得や私有化指標、資源産出地ダミーなどの地域特性に関わる変数を導入した。結果としては、人口や所得の大きさのみならず、モスクワや天然資源産出地域といった地理的条件の強い吸引力を見出している。
 第9章「結論に代えて」では、国際労働移民について扱い、人口減少対策としての可能性について言及している。ロシアでは、2006年の移民受入緩和政策以降、中央アジアなどの旧ソ連諸国からの出稼ぎ労働移民が急増した。しかしその多くは一時的な滞在者であって、人口減少問題に対する根本的な解決策とはなり得ない。また、人口ピラミッドの形状から示唆されるように、90年代の低出生率世代が再生産年齢となる2010年代半ば以降の見通しは明るくないことを指摘している。
 以上のように、本書の取り扱うトピックは幅広いため、以下では、個別の論点というよりは、全体を通読することで認識された本書全体の価値や意義、若干の意見について述べたい。
 第一に、本書は、ロシアの人口問題を包括的に扱った研究として、資料的価値の高さやアプローチの多様さの点で、他に類を見ない研究書であるといえる。未公開の統計局内部資料やRLMS-HSEのようなミクロ・データを積極的に駆使し、長期的動態と現代的課題の双方の観点からロシア人口問題の特殊性をもたらす背景要因に迫った。各章において先行研究のレビューも丹念にされており、本書は、今後のロシアの人口問題研究の分野においては、まず参照されるべき基本文献となると考えられる。
 第二に、ミクロ・データに基づく実証分析を行い、現代ロシアの人口問題研究に対して、数々の独自の事実発見を報告している点でも大変興味深い研究である。本書は、RLMS-HSEを積極的に活用するなど、ロシアの人口問題研究の分野においてミクロ・データに基づく実証分析を本格的に導入した先駆的な研究として位置付けられる。各分析においては、出生や人口移動に関する一般的な理論仮説を前提としつつも、ロシア独自の影響を加味した分析を行うことで、結果から数々のロシアの特殊性を見出すことにも成功している。
 第三に、本書は、ロシアという特定地域を対象にしつつも、各論点において国際比較や理論的観点を踏まえた考察・分析がなされているために、他地域研究者にも有用な含意をもたらす比較経済研究としての側面も有する。人口減少問題は、今後、日本はもちろん、他の先進国や新興国においても益々大きな問題として立ち上がってくると考えられる。その意味で、人口減少・人口問題研究に関する先駆的な研究としての本書の価値は、今後、より広い分野において認識され得るものであろう。
 一方で、本書の内容に全く不満が無かったわけでもない。第一に、本書は、ロシアにおける極めて重大な政策課題を対象としているが、政策的含意という点で特色ある貢献が打ち出せているだろうか。本書全体を通して、人口動態の長期的・構造的な趨勢の影響力の大きさが強調される一方で、人口政策の効果については短期的には暗い見通しが述べられるにとどまる印象であった。
 第二に、上記の点にも関連するが、本書における人口問題に関する政策論と実証的な計量分析の間には、若干の距離が感じられた。例えば、第3章では通史的に人口政策の多様な施策がレビューされているが、それらが実際に出生率等に与えた効果については、実証的な検証の余地を残している。一方、RLMS-HSE等に基づく数々のミクロ実証分析は、家計行動の理論仮説の検証が意識されており、ロシア政府の具体的な政策プログラムの効果等を主たる焦点としたわけではなかった。より実践的な政策的な含意を検討するために、政策論を実証的な検証の次元に落とし込む試みがあって良かったのではなかろうか。
 最後に、本書の射程を超える問題ではあろうが、ロシアの人口問題・人口減少は、今後、ロシアの経済成長や経済構造にどのような影響を与え得るのかという、本質的な疑問が残されている。人口減少の趨勢が長期的に国力を弱めること自体は否定し難いかもしれないが、それが個々人の賃金や労働生産性、イノベーション等に与える影響については、必ずしも自明ではない。そのような観点を取り入れると、違った角度からの政策的含意が生まれたかもしれない。
 いずれにせよ、本書は、ロシアの人口問題や、先進国の人口減少に関わる研究分野においては、新たな地平を開いた研究として必見の書となるだろう。

■評者紹介
①氏名(ふりがな)……樋渡雅人(ひわたり・まさと)
②所属・職名……北海道大学大学院経済学研究院・准教授
③生年と出身地……1979年、沖縄県
④専門分野・地域……開発経済、ウズベキスタン
⑤学歴……東京大学教養学部総合社会科学科国際関係論(教養)、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻修士課程・博士課程(学術)
⑥職歴……学術振興会特別研究員PD
⑦現地滞在経験……2002年より現在までウズベキスタンにおける現地調査をほぼ毎年実施。渡航回数は30回程度。2016年よりザンビアの現地調査に従事。
⑧研究手法……インタビュー、参与観察、大規模家計調査を含む。
⑨所属学会……比較経済体制学会、日本経済学会、日本中央アジア学会、アジア政経学会。
⑩研究上の画期……ソ連崩壊と冷戦終結。旧ソ連や東欧を対象とする社会主義経済研究にとっては存在意義を揺るがすほどの出来事。
⑪推薦図書……原洋之介(1985)『クリフォード・ギアツの経済学──アジア研究と経済理論の間で』リブロポート。

 

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