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地域研究

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地域研究 JCAS Review Vol.18 No.1 2018  P. 51-55  公開日:2018年3月30日

第7回2017年度地域研究コンソーシアム賞

地域研究コンソーシアム賞審査委員会
 
■研究作品賞
Tatiana Karabchuk, Kazuhiro Kumo, and Ekaterina Selezneva 著
Demography of Russia: From the Past to the Present (Studies in Economic Transition)
(Palgrave Macmillan. 2016.)
    

 本書の著者である雲氏は、長年にわたり旧ソ連・ロシアの人口動態や人口移動に関する研究を積み重ねてきたが、今回の作品はその集大成の一つとも言えるものである。ドイツおよびアラブ首長国連邦の研究者との国際共同研究により、帝政ロシア末期から現在のロシア連邦に至るロシアの人口発展を、長期的な人口成長・人口政策、婚姻パターンや出生確率、死亡率、そして地域間人口移動といった多面的なデータを利用しながら、また人口学、経済学、社会学と多面的な方法を用いて分析することを試みた作品である。ただ国際的な共同研究ではあるが、実際には雲氏が全9章のうち、序章と終章を含む5章(ページ数にして326ページ中169ページ)を執筆していることから、本書の作成においては雲氏の役割が大きいことが想定される。

 本書の執筆に際して雲氏は第1章において、まず帝政末期以来のロシアの人口動態、特にその増減の波を簡単に整理した上で、ソ連崩壊後の現在の人口動態は単にソ連崩壊などの短期的な要因で生じているものではなく、歴史的要因も強く影響を与えていることを指摘し、そこからロシアの人口動態を分析するために、(1)膨大な数の先行研究、並びにソ連崩壊後アクセス可能となったものの未だにほとんど分析がなされていないロシア国立経済文書館の旧秘匿文書、(2)1994年以降継続的に利用可能となったロシア連邦の家計調査マイクロデータ、そして(3)ロシア連邦統計局から提供されたデータを包括的に利用したことを整理している。また主に扱う領域としては、ロシアにおける人口統計の発展、ソ連・ロシアにおける出生率と家族をめぐる人口政策、結婚と離婚、死亡率の低下、第2子以降を産む可能性およびそれをもたらす要因、地域間移動に伴う人口分布の変化をあげていて、これがそれぞれ本書の各章となっている(ちなみに雲氏はこのうち統計、死亡率の変化、および地域間移動の3つの章を担当している)。そしてこれらの章を通して、20世紀の人口動態が十分に理解されていないために人口減少がロシア崩壊という短期的な要因で説明されてしまっていることや、人口減少に対して旧ソ連の末期および現在のロシアはこれに対処する政策を実施していること、女性の雇用の安定が子供を産むインセンティヴと結びついていること、経済の不振に伴うアルコール消費の増加が死亡率と結びついていること、あるいはロシアの経済成長がロシアのヨーロッパ側、特にモスクワへの人口集中をもたらしていることなど、現在のロシアの人口動態とその背景となる歴史的要因とが、さまざまな形で明らかにされている。

 本書に関しては、専門委員からも「編者の問題意識が作品全体に貫かれ、人口学という範囲を超えて、経済学、社会学、医学、ジェンダー学等の研究成果を取り込み、政府の人口政策の分析をも行い、政策提言へと踏み込んでいる。先行研究に関するサーヴェイも周到である」、あるいは「本書の特筆すべき点は以下の三点に求められる。第一に人口統計に基づくデータ分析とそれによる客観性、第二に幅広い時間軸に基づく地域社会変容、第三に様々な切り口からの分析に基づく構造解明である」といった形で、高い評価が与えられた。ただし、統計ベースの分析が中心で、フィールドワークが行われていないという点については専門委員の間でも見解の違いがあり、「フィールド調査を柱とする地域研究とは異なるが、これもまた地域研究のお手本といえる」という高い評価があった一方で、「統計の分析であり、地域の固有性、地域の視点を重視する地域研究における授賞対象としては疑問が残る」という意見も提示され、この点については審査員の間で議論がなされたことを付記しておく。

●受賞者プロフィール

雲 和広 (くも かずひろ)
 

一橋大学経済研究所教授。専門はロシア経済論、ソ連並びにロシアの人口論・経済地理および地域経済論。大阪外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士(経済学)。1999 年香川大学経済学部専任講師・翌年同助教授、2004 年一橋大学経済研究所助教授、2012 年より現職。2016 年より2 年間一橋大学評議員。ロシアの地域経済・人口動態の地域パネルデータ分析・ミクロ計量分析に加え、ロシア極東や極北の地域経済や人口現象等を対象とした事例研究も行う。

 
■登竜賞
長田 紀之 著
『胎動する国境──英領ビルマの移民問題と都市統治』
(山川出版社、2016年)

 

 本書は、19世紀末から20世紀初頭にかけての、イギリス植民地期のビルマ(ミャンマー。当時は英領インドの地方行政体であるビルマ州であった)を扱い、植民地行政権力の統治的関心が最も集中する場所であった都市ラングーン(ヤンゴン)においてこそ、ビルマの内外を区別し、国家的な領域性を想像させる境界が形成されたということを、主に広範な植民地行政文書を渉猟、活用することにより、説得的に論じている。具体的には、治安維持、公衆衛生、都市計画の三つの行政分野を取り上げ、政庁の移民管理制度の構築過程と実践上に生じた問題群の検討を行いながら、かかる政庁の方策と相まって、境界が徐々に実体化する過程を析出している。豊富な史料に基づいて綿密な分析が随所でなされた手堅い業績であり、時に煩瑣なデータを示しながらも、読者を飽きさせない構成力と筆力が認められる好著である。

 本書はビルマを対象とした地域研究の成果としてまとめられたものであり、叙述の大半は都市ラングーンの詳細な分析にあてられている。しかし、当該地域を単に東南アジアの一隅の事例にとどめず、東南アジアと南アジア、さらに東アジアとのあいだに位置するフロンティアとしてとらえ、広域をおさめる視野においてビルマの近代国家形成を構想している。たとえば、同じくイギリスが支配したマレー半島の海峡植民地に華人統制の範を垂れるといった越境的な制度移転や、ラングーンを結節点とする国際的な都市ネットワーク上を往来する多様な出自をもつ人々の移動に注目する。そうして、本書は東南アジア研究あるいは南アジア研究と言うように、今日の便宜的「境界」により分断された既存の地域研究を架橋する内容を有しており、向後の研究の豊かな発展を予感させるものである。その規約において、「国家や地域を横断する学際的な地域研究を推進する」ことを謳う、地域研究コンソーシアムの登竜賞に相応しい作品であると言えよう。

 著者の議論を通じて提示される、植民地期都市社会の言論のなかから生まれた「土着人種」概念が、独立後のビルマ国家を規定する基本的な枠組みをなしているという見通しは極めて重要であろう。著者が控えめに触れているロヒンギャー問題の核心に触れうる論点が本書には含まれていると考えられる。このように、テーマの通時的な広がりが見通せる点に、本書のもうひとつの価値がある。

 但し、植民地政庁が支配統制の対象とした人々について、ビルマへ赴任したイギリス人行政官たちの念頭に「すでに通念として形成されていた」ビルマ人とインド人、さらには華人の「ステレオタイプ」(103頁)を免れた人間性の実相を、本書から窺がうことは殆どできない。彼らの声をくみ取り、議論を肉付けするためには、さらに多様な史料の開拓が必要であろう。今後の課題として、著者自身が示唆する比較研究の方向のみならず、ビルマ史研究としての一層の深化も望まれるところである。

●受賞者プロフィール

長田 紀之 (おさだ のりゆき)
 

日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員。博士(文学)。専門は東南アジア地域研究、歴史学。とくにミャンマー(ビルマ)の近現代都市史に取り組んでいる。東京大学文学部卒業、同大学大学院人文社会系研究科修士課程、同博士課程修了。慶應義塾大学、東京外国語大学などでの非常勤講師をへて、2015 年より現職。職務としてはミャンマーの現状分析を担当。歴史学の知見と現状分析とをどのように結びつけられるかを日々考えている。

■社会連携賞
NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク及び
東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門による
歴史資料保全活動と地域社会との連携   
 

 社会連携賞を受賞することになったNPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク及び東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門(以下、宮城歴史資料保全ネットワーク等)は、災害に対応し地域社会に貢献する歴史学の新しい可能性を切り開くとともに、その実践的活動を通して災害復興において必要とされる地域社会のレジリアンスの強化に貢献してきた。

 日本は世界に屈指の歴史文書大国である。それは数千万点と考えられる近世・近代文書が個人の所蔵物として保管されているからである。阪神淡路大震災以降、震災で個人宅に保管されていた歴史文書が破棄されることが顕在化し、近世史研究者を中心にその所蔵調査とデジタル化を進めることが始まった。

 受賞した団体の一つNPO法人宮城歴史資料保全ネットワークもそうした流れのなかで2003年の宮城県北部地震を契機に設立された。その後2011年に東日本大震災が発生し、地震・津波の災害のなかで、それまでにない膨大な量の歴史資料をレスキューする活動が始まった。東日本大震災後の2012年に東北大学東北アジア研究センターに、上廣倫理財団より寄附部門の上廣歴史資料学研究部門が立ち上がった。その設立目的の一つはこの文書レスキュー活動の支援であった。本部門は、文書のレスキューに加えて、歴史資料の価値を理解し、それを活用するための人材育成事業等を、地域社会において実施してきた。

 上廣歴史資料学研究部門の活動は、歴史資料の価値を研究者が独占するのではなく、社会に開かれたかたちで共有する試みである。実際、東日本大震災後の被災社会は、コミュニティそのものが離散し、元の場所に戻ることが許されなかったり、許可されても時間的な経過のなかで、避難先で生計を立てざるを得なかったりする状況が発生している。こうした中で地域社会の歴史や文化を基軸にした地域的アイデンティティは、復興において重要な役割が求められてきた。

 この点に関して、宮城歴史資料保全ネットワーク等の活動は、他の諸団体や学術団体にはない社会貢献をしている。特に、歴史文書の学術的・文化的・社会的役割についての講演会活動、シンポジウム、展示などを実施した。また古文書講座を定期的に開催し、地域社会のなかで歴史文書を読み込み、それを活用できる人材の育成に貢献した。2012年以来、そうした活動は蓄積されており、数千人という膨大な数の人々に対して情報提供そして知識の共有を行ったことになる。またこれらの活動に際しては、宮城県及びその市町村下の教育委員会、東北大学の文学研究科及び災害科学国際研究所の研究者・学生も巻き込んで実施されており、大学・行政・地域の連携を構築した活動となっている。

 これらは地域研究がどのように社会と積極的に関わるべきか、そして災害対応の文脈において地域研究が可能な社会貢献のあり方を独自の形で示しているといえる。またその実践的活動は、東日本大震災の復興に貢献していることもいうまでもない。これらの点を鑑みて、同活動は、社会連携賞の授賞対象としてふさわしいものとして判断された。

 

●受賞者プロフィール

荒武 賢一朗(あらたけ けんいちろう)

 

東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門准教授、NPO 法人宮
城歴史資料保全ネットワーク事務局(広報担当)。博士(文学)。関西大学大学院
文学研究科博士後期課程修了。歴史学(日本史)専攻。2012 年から宮城県など
で歴史資料保全活動を進め、学生や市民、海外の日本学研究者を対象にした古文
書講座をおこなう。著作には『屎尿から近世社会―大坂地域の農村と都市』(清
文堂出版、2015 年)、『日本史学のフロンティア』(全2 巻、共編著、法政大学
出版局、2015 年)などがある。

地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:河野泰之
委 員
阿部健一、飯島明子、飯塚正人、
    金子芳樹、川中豪、韓敏、仙石学、
    高倉浩樹、高橋五郎、寺田勇文、
    宮崎恒二

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