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地域研究

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JCAS Review

地域研究 JCAS Review Vol.19 No.1 2019  P. 1-18  公開日:2019年3月29日
研究ノート

復興支援と手作り商品の物語
──東日本大震災被災地を事例として

山口 睦

山口大学人文学部 准教授

YAMAGUCHI Mutsumi

Abstract

This report examines businesses that deal in handmade goods and that were established by women who were victims of the Great East Japan Earthquake.  It examines the origin of the value ascribed to, and the role of stories about, these commodities.  The study focuses on the webpage “The Tohoku Manufacture Story”, which introduces handmade goods created in the damaged area and a company, Kesennuma Knitting, operated by women who make and sell knitted goods.  As background, I also discuss changes in the free market and in the handmade goods market after the middle of the 20th century in Japan, as well as the emergence of fair trade and ethical consumerism.  These handmade goods have been newly designed following the earthquake.  They are connected to the damaged areas through their sources, such as antlers and deerskin, and through local culture, such as fishing villages where knitting is popular.  In this way, the women are able to produce goods locally that represent the area struck by disaster.  The locally handmade goods thus amount to souvenirs commemorating the actual location of the disaster.  The knitters represented on the “Kesennuma Knitting” website sell their products only at their shop in Kesennuma City, far from big cities.  This strategy requires that customers travel to the area of the disaster.  We might call this approach “revival tourism”.  While engaging in revival tourism, travelers study the damage and learn about disaster prevention, a process that culminates in the purchase of these handmade goods, which grant authenticity to their travels.  The long journey to the shop and conversations with the artisans become travel stories.  Custom-made cardigans and information about the knitter, such as her name, a portrait, and her house name, play the important role of further singularizing the handmade goods.  Thus, these handmade goods serve important functions in revival tourism. 

Keywords   the Great East Japan Earthquake, restoration project, ethical consumption, handmade goods, souvenir

 

キーワード 東日本大震災、復興支援、倫理的消費、手作り商品、みやげ物

 I はじめに
 

 本論は、東日本大震災後に被災地の女性が中心となった手仕事ビジネスの事業化のプロセスを明らかにし、それらの商品の価値の根源である「被災地性」の在り方や、その中で物語が果たす役割を分析することを目的とする。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災後の被災地では、女性たちが中心となって多くの手仕事ビジネスが発生した(山口 2018a; 2018b)。震災後8年が経過し、活動を継続している団体、活動内容が変遷した団体、活動を停止した団体などさまざまな状況がある。活動を継続している団体の商品は、空港や駅などで売られ、復興支援として観光客に購入されている。被災地で作られる手作り商品は、みやげ物となることを目的として作られたわけではない。しかし、東日本大震災発生後に義援金の寄付やボランティア活動に次ぐ被災地支援活動として認識されるようになった「応援消費」や「復興ツーリズム」において重要な役割を果たしているといえる(渡辺 2014; 山下 2015; 藤野 2017)。後述するように、手作り商品の流通を制限し、主に被災地でしか手に入らない仕組みを作ることにより人々を被災地まで来させる、復興ツーリズムを誘発する仕掛けを有する事業がある。こういった事業の仕組みを明らかにすることが本論の第一の課題である。

 また、東日本大震災後に多く発生した手作り商品の価値を形成しているのは何か、という問いを検討するのが第二の課題である。1995年の阪神・淡路大震災後に被災者による復興コミュニティビジネスとしての手作り商品の事例がいくつか見られたが(山口他 2007)、東日本大震災後にはそれと比較にならないほど数多くの手作り商品が登場した*1。何がこれらの手作り商品の価値を形成しているのか、どういった人々が商品生産に関わっているのか、「被災者」が作っているという事実が価値の根源なのだろうか。

 さらに、これらの手作り商品が日本社会で受け入れられた土壌として、東日本大震災当時、素人による手作り商品市場といったものが大きく広がっていたという状況、倫理的消費といった行為や観念の広がりにも目を配る必要があろう。この復興支援としての手仕事ビジネスでは、主に途上国や女性支援を目指すフェアトレードやエシカル消費にも共通するような、その商品にまつわる生産者の物語、消費者と商品の物語などが重要な役割を果たしている。観光の現場では、観光文化の真正性から一歩進んで、観光客にとっての観光体験の真正性が重要になっている(橋本 2011)。たとえば、「みやげもの購入時の店主や製作者との出会いや交流、事物が使われていた地元の生活、そしてはじめての海外旅行かどうか、自分の趣味のコレクションにふさわしいかどうかなど、観光者自身の事情がみやげものにまつわる『ものがたり』」となって、観光の真正性を付与するのである(橋本 2011:47-48)。つまり、みやげ物が地域文化の「真正なる」表象物かどうかが問題ではなく、観光者の“観光体験”を彩る物語が重要なのである。そういった意味で、被災地は強い物語が発信されている場のひとつであるといえる。

 本論では、被災地における手仕事ビジネスを彩る物語の事例として、手作り商品を紹介するHP「東北マニュファクチュール・ストーリー」、手編みセーター販売会社気仙沼ニッティングを取り上げる。また、前提となる手作り商品を取り巻く状況として、フリーマーケットや手作り市の登場といった場の変化、消費行為の変化としてフェアトレード、倫理的消費について検討する。本論は、2016年1月から2017年8月までに行った調査に基づいている。

 


Ⅱ 手作り商品を取り巻く状況
 

1 国際社会の価値観の変化
 筆者は、別稿において東日本大震災後の宮城県で生まれた手仕事ビジネスについて検討したが(山口 2018a; 2018b)、本節では、被災地支援から視野と時間軸を広げ「素人による手仕事」市場の拡大につながるフリーマーケット、手作り市、倫理的消費の普及について検討する。それは、復興支援という名であれ、初めの段階においては素人による手作り商品が受け入れられるマーケットが1990年代以降の日本社会に定着していたことが背景としてあげられるからである。

 こういった消費の変化の前提として、1970年代以降の世界と日本社会における消費倫理、マーケットの変化が影響している(魚山 2014; 古沢 2016)。1972年に民間シンクタンク「ローマクラブ」が、産業革命以降、無制限に行われてきた大量生産、大量消費の経済に限りがあると宣言した。翌年には、第四次中東戦争が勃発し、日本を含めて世界では原油価格の高騰と経済の混乱が起こった。後述するように、このような政治的、経済的混乱は、一般市民の購買行動や消費意識に大きな影響を与えていく。

 これらの問題の解決策として1987年に、「持続可能な発展(Sustainable Development)」
という概念が国連の環境と開発に関する世界委員会の報告書の中で初めて提唱された。東西冷戦の終結を経て、環境問題や貧困は国際社会の中で大きな検討課題となっていく。1992年リオデジャネイロで開催された国連環境開発会議において「アジェンダ21」が採択され、「持続可能な消費(Sustainable Consumption)」が提唱された。ここにおいて、企業にCSR(企業の社会的責任)や持続可能な生産を求めるだけでなく、消費者に対しても倫理的消費者として社会の持続可能性に責任があるとの認識が示された。

 古沢広祐は、こういった一連の価値観の変化は、それまでの発展パターンに内在する矛盾の解決を目指して起こったと指摘する(古沢 2016:197-198)。その矛盾とは、経済の加速度的な成長・拡大傾向、成長・拡大の局所的な偏在、社会の発展をはかる単一的な価値基準などである。新しい価値基準とは、産業革命以降、世界を動かしてきた経済構造から脱却し、環境的適正を重視し、過度な格差と不平等を生まないような社会的公正を目指し、多様な価値を再評価することを目指すものであるとまとめられる。こういった国際社会における枠組みの進展に対して、国内の自治体、生産者、市民レベルにおいては、地産地消運動、スローフード、もったいない運動などが普及していった。

 次に、実際に変化する消費の現場として、素人が参加する市場としてのフリーマーケット、手作り市の展開について検討する。

2 場の変化
●フリーマーケット

 フリーマーケット(Flea Market)は、フランスの古物市をルーツとして教会が布教活動の一環として不用品のバザーを開いたのが始まりと言われている。その後、1970年代のアメリカにおいてオイルショックにより引き起こされた不況、大量生産や大量消費への疑問などから不用品を売るフリーマーケットが温暖な西海岸で広まった。日本で最初のフリーマーケットは、日本フリーマーケット協会の代表を務めていた浅野秀弥がアメリカで見聞きしたフリーマーケットを模して、1979年大阪で開催したのが始まりであるとされている(藤岡 2001:8)。その一方で、日本リサイクル運動市民の会が1974年に設立され、リサイクル型の生活の定着を目指し、フリーマーケットの開催、情報誌の編集発行など市民活動の一環として行ってきた*2。その後日本では、多様なフリーマーケットが普及し、たとえば2017年11月には全国で千件を超えるフリーマーケットが開催されている*3

 次に、富山市の「青空蚤の市」を事例にとりあげた溝部明男の論から日本におけるフリーマーケットと従来の露天市の違いについて確認してみる(溝部 1995)。当時、伝統的な市場は、街角のスーパーとの競合、交通事情や公設卸売市場との関連による行政の方針などから衰退過程に入っていたという。溝部は、この伝統的な露天市場の衰退を補うかのように、フリーマーケットが新しい露天市場として登場したと位置づけている。従来の露天市場で行われていた商品売買における売り手(生産者)と買い手のコミュニケーション、相手や交渉によって値段が変化する一物多価といった商行為の特徴がフリーマーケットにも受け継がれ、大量生産品を一物一価で購入する商行為が広まった社会において面白味をもって受けとめられ、受容されていったといえるだろう*4。溝部は、フリーマーケットの特徴として次の三点を挙げている(溝部 1995:32-33)。「しろうと」出店者の登場、「不要品」による出店、出店者の若年化現象である。この第一と第三の特徴が、次に言及する手作り市へとつながる特徴である。

 さらに、富山市の蚤の市の事例において、出店品目に「手工芸品」が5.5%含まれているように、フリーマーケットに手作り品が出品される現象が見られた(溝部 1995:43)。こういったフリーマーケットを土台として、手作り品に特化した「手作り市」が生まれたといえるだろう。フリーマーケットは、地域おこし・ボランティア活動・リサイクル運動・消費者運動など複数の社会運動の流れが交わる場となっている。

●手作り市
 フリーマーケットと類似した形態で、素人や常設店舗を持たない職人が、自らが作った作品を市場的な場所、機会を利用して対面販売を行うものに手作り市がある。手作り市によってオリジナル作品であれば無条件に出店できる場合もあれば、審査が必要な場合もある。出店料金は有料、無料がある。2010年時点で、全国で約300件の手作り市が確認されている(鈴木 2010)。

 国内で長く続く手作り市として、1987年から京都の知恩寺で行われている「百万遍さんの手づくり市」がある(写真1)。2人の京都市在住の有志が「素人さんが創った手づくりの作品を発表する場」として、青空個展会場を知恩寺で開催したことから始まった。現在では毎月15日に開催され、近年の年間出店数は450店、区画は1坪(1.8m×1.8m)、出展料金は4,000円である。この手作り市の出展条件は、原材料を自らの手で製品化し、値をつけ、販売するというもので、往復はがきで申込し、応募者多数の場合は抽選・選考が行われる。来場者は毎月1万5,000人程度であり、京都だけでなく全国から来場するという。別稿でとりあげた宮城県気仙沼市で毛糸販売業へと発展したアトリエKの代表者も、東日本大震災以前にこの手作り市で毛糸の靴下を売っていた。復興商品のタコちゃんを売る場として、また現在の毛糸製品、毛糸販売の場としても重要な機会となっている(山口 2018a)。

 
 
 
 
 
 
 
 
写真1 京都知恩寺の手作り市
2017年9月15日 筆者撮影
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 手作り市の出展者の感想として、「自分で作ったものが人に喜ばれ、さらに小遣いに変われば、素晴らしい」とある(『女性のひろば』2013年10月号「大好き手作り市」)。また、「手軽に自分の作品を評価してもらえるチャンス」とあり、素人からセミプロ、プロへとレベルアップするための入口として機能している。購入者の感想としては、「世界でたった一つのモノや作った人の顔を見て買えることが手作り市の醍醐味」と表現される。

 フリーマーケットと手作り市の関係性は、手作り市において、中古品や仕入れたものを販売することは禁止されている。一方、フリーマーケットにおいて手作り品が販売されることがあるため、フリーマーケットは、手作り品に特化した手作り市を含む形に分類されよう。

 さらに、1990年代後半から盛んになったオンラインモールなど、インターネット上で手作り品を売ることができるようになったことも大きな意味を持つ*5。1997年に国内最大の楽天市場が開設され、その後ネットショップ、ハンドメイド販売サイトなどが開設された。対面式の手作り市とインターネット上のオンラインモールの両者が手作り品の販売市場を拡大、普及してきたといえるだろう。

 こういった素人による手作り品販売が受け入れられる場の変化が、本論で扱う東日本大震災後の手仕事ビジネスを受け入れる土台となったと指摘できる。次に支援としての消費といった消費における倫理観の変化について検討してみる。

3 消費倫理の変化 
●フェアトレード

 フェアトレードとは、国際貿易体制のなかにおける途上国の生産者の構造的な不利益を解決するために、商品の価格を市場に任せず、生産者保護のための最低保証価格の設定、前払い金の支払い、ソーシャルプレミアム(社会開発目的の割増金)などを小売価格に計上して、先進国の消費者が負担するというビジネスモデルである(佐藤 2011: 20)。この「援助」ではなく「ビジネスモデル」であるという点が、本論であつかう被災地における手作り商品と類似する点であり、被災地の人々が支援を受け入れやすい点である(山口 2018a)。つまり、支援が一方的であれば被災者は受け入れづらいが、自分たちの生計活動に寄与する支援であればアウトプットが保証されているため受け入れやすいのである。

 フェアトレードという言葉が最初に使われたのは1985年といわれているが、活動自体は1940年代までさかのぼることができる*6。アメリカのキリスト教系援助団体であるメノナイト中央委員会が、女性たちの職業訓練としてプエルトリコで縫製教室を運営していた。彼らはそこで生産した刺繍製品を購入し、アメリカの教会でチャリティ販売を始めた。これがフェアトレードの起源であるという(古屋 2011: 30-31)。古屋欣子は、フェアトレードを事業内容から新規参入促進型、取引条件改良型、プロモーション・啓発型、マクロ貿易改良型に分類している。現在、フェアトレードの主力商品としてコーヒー豆、カカオ豆などの一次産品が有名だが、本論で扱うような手工芸品は、フェアトレード事業の初期型である新規参入促進型にみられる。

 フェアトレードの特徴として、古屋は①立場の弱い生産者との取引、②公正な価格の支払い、③前払い金の支払い、④長期的な取引、⑤生産者の能力向上支援、⑥労働者の権利の順守、⑦環境への配慮をあげている(古屋 2011:37-40)。

 これらの特徴は、本論で扱う気仙沼ニッティングの、途上国ではないが「被災地」という立場の弱い生産者保護のためという理念、構造との類似が指摘できる。ほかに、公正な価格、生産者となる女性との長期的な取引、能力向上支援などの特徴が被災地における手仕事ビジネスにも共通する点である。

 消費者にとって、先進国に比して世界的に立場の弱い「途上国」を支援するフェアトレードが浸透していたところに、「被災地」という国内における立場の弱い生産者を支援する消費行動が普及したのではないかと考えられるのである*7。特に、「援助ではなく貿易」、すなわち寄付ではなく被災地における生産活動を盛んにする消費者による購買行動という意味において、被災地支援の消費行動はフェアトレードと重なっている。

●倫理的消費
 上記のフェアトレードを題材に倫理的市場について論じた畑山要介は、1980年代後半以降に市場経済と市民社会の境界が融解するという新たな社会変動が起こっていると指摘する(畑山 2016)。19世紀に台頭してきた市場経済と市民社会の対立的緊張関係は、前述したような価値観の転換にともない相互補完的な関係性を築き、市場の利害関心が生成・制御されるようになった。
 倫理的消費に早くから取り組んだイギリスの協同組合銀行によれば、倫理的消費とは財とサービスを選ぶ際に環境や倫理性を考慮することである(金 2011)。倫理的消費は、フェアトレードを含み、さらにエコロジー、オーガニックなど環境や社会に配慮した製品を選択する消費行動を示す。言葉の起源は定かではないが、古くは1987年に倫理的消費者研究所(Ethical Consumer Research Association: ECRA)が設立された。1989年には、雑誌Ethical Consumerが発刊され、人権保障、環境の持続可能性、動物福祉を重視する消費行動を呼びかけた。

 日本では、2014年に「日本エシカル推進協議会」が設立された(細川 2017)。消費者庁が2015年に倫理的消費調査研究会を設置し、消費者行動についての調査が実施され、日本エシカル推進協議会は一般社団法人として組織化された。一般には、2009年ごろからファッション業界を中心に途上国支援を活動内容に盛り込んだ活動を「エシカル」と形容するようになっていった*8

 こういった現代社会における新たな消費文化は、「脱物質主義化論」に位置づけられる(畑山 2016:259-261)。脱物質主義化とは、高度な経済発展を経た成熟社会にみられ、消費行為において物質的価値だけでなく精神的価値にも重きを置き、消費財のもつ社会的価値が重視されるようになる現象であると定義される。

 フェアトレード、倫理的消費などの背景と重なり、災害支援として東日本大震災後に大きく拡大したのが「応援消費」である(渡辺 2014)。渡辺は、フェアトレードと比較した時の応援消費の特徴について、支援対象が不明瞭であると指摘する。つまり、被災地の産品が、必ずしも被災者の生産品であるとは限らず、大きな被害を受けた製造者が立ち直る前に、被災を免れた製造者がシェアを伸ばせば本来の意味での「被災地支援」にはならない。弱者支援を意図するなら支援対象の「ターゲティング」が重要であり、それは、フェアトレードでも辿られたプロセスであり、技術や品質の向上、魅力的な製品の開発、組織力、交渉力、情報力、流通力などのエンパワーメントが重要である(渡辺 2014:327-328)。渡辺は、エンパワーメント志向の応援消費は、開発協力型と投資型に大別できると指摘する。東日本大震災後に、実際にフェアトレードに関わっている団体が被災地支援として、開発協力を行ってきた。

 第Ⅲ章で検討する2事例は、この開発協力型の団体といえる。本論は、以上のような主に海外支援を事例として得られた視角を、日本国内の被災地の事例に適用するものである。本章の最後に、災害の被災地における手仕事への支援について述べる。

4 災害復興と手仕事

 災害の被災地における復興と手仕事に関する研究には2種類ある(山口 2018a:215)。第一に、災害前から存在した伝統工芸などが被災した場合、第二に災害を契機として新たに手仕事が生み出された場合である。

 前者に関しては、2001年インド西部地震後の木版染色工芸の事例(金谷 2015; 2018)、宮城県石巻市雄勝地区における粘板岩採掘とその加工品である雄勝硯の事例(加藤 2018)などがあげられる。金谷美和によれば、インドのグジャラート州のある村において伝えられてきた天然染料を使用した両面木版捺染の「アジュラク」という布が、震災を契機として新たな社会的地位を得たという(金谷 2018:25-33)。その布は、もともとインドとパキスタンの国境付近で牧畜民の男性が着用していたが、震災後に生産者が集団移転し、新しい村の名前に布と同じ「アジュラク」を付けたことにより、海外や政府による災害復興支援を集めることとなった。学術的研究も多くなり、国際的に有名になるにしたがい、災害前と異なる新たな商品展開が起こった。本論でも言及したフェアトレード商品、ハイ・ファッション、国内のエスニック・シック・ファッションとして生産、購入されるようになった。国際商品となったアジュラクは、材料の変化、色や模様の変化などを経て、生産者が所有権や真正性を主張する文化資源になったという。このように、災害支援の場においては、被災者の生活支援としてフェアトレードと復興支援が重なる。

 これらの事例は、専業として生計をたてている職人、伝統工芸であるが、必ずしも生計に関与せずとも復興に伝統的手工芸が寄与する事例もある。台湾の台風被害地における先住民の刺繍工芸の事例(呂 2018)や、宮城県南三陸町において神社の季節祭礼のために作成されてきた「きりこ」などがあげられる(丹羽 2016)。災害を機に、これらの手工芸品は従来の在り方を超えて、ワークショップや商品化などを通じて、人々の結集のシンボルや地域の文化資源として価値を持つようになったのである。

 後者としては、中越地震や阪神・淡路大震災の被災地で、地域の課題を地域内の資源の活用によって解決していく事業として、特に災害後にみられる復興コミュニティビジネスの事例があげられる(山口他 2007)。なかでも、神戸の被災地NGO恊働センターによるまけないぞう事業は、被災者支援として1997年から現在まで、阪神・淡路大震災、中越地震、東日本大震災と支援を継続している活動である(村井 2000; 山口 2018b)。

 本論で扱う東日本大震災後の被災地における手作り商品の事例は、後者に該当する。

 
 
 
 
 
 

*1 宮城県だけでも82団体が確認できた(山口 2018a)。

*2 たとえば、日本における初期のフリーマーケットであるリサイクル運動市民の会は1974年に発足し、不用品情報の収集、玩具の交換・バザーの開催などを経て、1980年に代々木公園で第1回フリーマーケットを開催している。代表の石毛健嗣によれば、1973年のオイルショックを契機として人間社会の豊かさの追求と進化に疑問を感じ、人間社会の浪費をセーブする暮らし方を実践するために活動をはじめたという(リサイクル運動市民の会HPより、https://www2.recycler.jp/、2017年10月13日閲覧)。

*3 「フリマガイド」HP参照(https://furima.fmfm.jp/、2017年10月13日閲覧)。本HPによれば、平日でも10件前後、土日祝日には100件を超えるフリーマーケットが日本各地で開催されている。
*4 たとえば、2000年2月に神奈川県足柄上郡開成町で行われた「かいせい産業フェスタ2000」のフリーマーケット出店者100名へのアンケートにおいて、出店した動機は不用品処分、リサイクル活用が多かったが、インタビューにおいては「買い手とのやり取りが面白い」といった意見が目立ったという(小林 2000)。小林は、フリーマーケットの魅力は、リサイクル社会の構築や資源節約といった環境意識と、より深部における「交渉事を通じた一定の儲けに覚える快感を享受する商人的感覚」であるような気がしたと述べている。
*5 国内のハンドメイドマーケットプレイスとして、たとえば「minne」は、2012年1月に開設され、登録作家数約10万人、登録作品数約100万点、月額利用料無料、販売手数料は販売価格の10%であるという。インターネット上だけでなく、参加型イベントとして登録作家の作品が購入できるハンドメイド物販イベントが開催されている。初心者向けネットショップ開業講座HP、「ハンドメイド作品や手作り雑貨・アクセサリーをネットやアプリで販売する方法」参照(netshop.hajimeyou.com/handmade/、2017年10月13日閲覧)。
*6 フェアトレードの定義は、フェアトレード団体のネットワーク組織FINEが策定した「フェアトレードの定義と原則」において、「フェアトレードとは、より公正な国際貿易をめざす、対話と透明性、互いの敬意にもとづいた貿易のパートナーシップである。フェアトレードは、とくに南〔途上国〕の立場の弱い生産者や労働者に、よりよい貿易条件を提供し、その権利を守ることによって、持続可能な発展を支援する」とされる(古屋 2011:29)。
 
*7  渡辺龍也によれば、多様な調査があるが、フェアトレードという言葉の知名度はおおむね日本人の半数が見聞きしたことのある言葉になったという(渡辺 2013)。性別では女性(53.1%、男性は47.4%)、年代では10代(64.6%、最も低いのは40代の46.3%)において知名度が高い。
*8 たとえば、朝日新聞記事データベースでは、「エシカル」をキーワードに検索すると、1985年以降の記事で80件がヒットする(2017年11月29日検索)。初出は、2000年7月17日付の古沢広祐國學院大學教授が徹底討論「21世紀の消費者像をさぐる!」と題された環境文化フォーラム主催の集まりで「経済のグローバル化とエシカルコンシューマー(社会的責任を意識した倫理的消費者)」について基調提案するという内容である。その後、2009年2月14日付「途上国支援、輝く女性たち」という記事では、材料の採取・加工の過程で児童労働のないジュエリービジネスを起業準備中の女性が「エシカル(倫理や良識にかなう)」をキーワードにしていると述べられている。

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