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地域研究

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JCAS Review

地域研究 JCAS Review Vol.17 No.1 2017  P. 45-48  公開日:2017年3月30日

第6回2016年度地域研究コンソーシアム賞

地域研究コンソーシアム賞審査委員会
■登竜賞
神原ゆうこ 著
『デモクラシーという作法──
スロヴァキア村落における体制転換後の民族誌』

(九州大学出版会、2015年)
    
 社会主義からの体制転換を経験し、EU加盟に至るスロヴァキアの村落が、新たな「市民社会」のシステムや民主主義のルールに、いかにその生活を適応させていったのか。本書は、理論的な検討と長期にわたるフィールド調査を踏まえ、参与観察と丹念な聞き取り調査に基づき、その適応の過程を政治的価値観の変容と揺らぎの中に描いた民族誌である。
 適応に困難があるとされた村落を対象とした政治価値の変容を分析するにあたり、著者は、体制転換後に現れたと想定される国家に対抗する市民社会という二元論的図式をとらない。スロヴァキア国内の先行研究の検討を踏まえ、独自のローカルな基準や観点に照らして、国家から機能分化した政治や経済の間に存在する多様な市民社会のあり方こそ重要とみて、文化人類学的アプローチによりその複層的分断的な側面を生き生きと照射している。特に、村落の政治にかかわるアソシエーションの実践に注目し、体制転換期の村落の再構成、コミュニティーに生じた亀裂とその修復、コミュニティーとの関係、地方分権化と自治などの具体的な側面から分析し、政治的価値観が実践を通じて徐々に変容してきたことを見事に跡づけている。
 ポスト社会主義圏を対象とした文化人類学の成果であるが、著者はいわゆる「第3の民主化の波」を対象とした民主化論や市民社会論の研究蓄積を踏まえて問題設定を行っており、政治学との架橋を試みた成果として学術的意義も大きい。
 共和国時代などに遡る伝統的な空間や、社会主義時代との連続性と非連続性の中に、政治価値観の変容を位置づけようとするバランス感覚や、抑制の効いた深い考察も好感が持てる。歴史的な背景の説明も十分取り込まれ、コラムの補完的情報も研究の幅の広さや奥行きの深さを感じさせる。登竜賞としてはもとより、スロヴァキア及び東欧の地域研究として完成度の高い作品となっている。
 

●受賞者プロフィール

神原ゆうこ(かんばら ゆうこ)
北九州市立大学基盤教育センター准教授。博士(学術)。専門は文化人類学。筑波大学第一学群人文学類卒業後、九州大学大学院比較社会文化学府修士課程、スロヴァキア共和国コメニウス大学留学を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2011年に北九州市立大学に着任。文化人類学的手法を用いて中央ヨーロッパ社会を探求することに関心を持つ。近年は、スロヴァキア地方都市におけるNGO活動と宗教活動の展開や、スロヴァキアのハンガリー系マイノリティとスロヴァキア・ハンガリー国境地域交流に関する研究に取り組んでいる。2016年9月から2017年8月まで、中央ヨーロッパ大学政策研究所(ハンガリー)客員研究員兼任。

 
■登竜賞
佐藤尚平(Sato, Shohei) 著
Britain and the Formation of the Gulf States:
Embers of Empire

(Manchester University Press, 2016)

 
 この作品は、1970年代初頭におけるペルシャ湾岸地域からイギリス支配の撤退過程について、歴史学と国際関係論の両視角から吟味したものである。ロンドンの公文書館とアブダビに保存されていた史料を丁寧に比較検討し、定説を覆す事実も明らかにしている。南アジアとアフリカの植民地統治を在地の権力や独立運動に移譲してきた英国帝国主義にとっては、最終段階ともいうべき主権国家の創設である。
 英国の保護領であった9地域が、カタール、バーレーンおよびアラブ首長国連邦として独立する経緯は、実に興味深い。かつて「海賊国家群」と呼ばれたペルシャ湾岸が、大きく主権国家に変貌した。権力を移譲した側にも、移譲された側にも独立に至る明確な方針や展望がないまま達成された近代主権国家の創設である。国際関係論としても関連する分野に過不足なく、目配りをした完成度の高い学術研究である。現代に最も近い脱植民地化の実証的な研究として、きわめて優れている。登竜賞に相応しい研究成果である。
 地域研究コンソーシアム賞が主に地域研究を対象とすることを考慮すると、今後の研究に期待する事柄は少なくない。よく知られているように、これらの湾岸諸国における国民の所得水準は、世界でも最も高い水準にある。しかし、住民の8割から9割までが外国人で構成されている。アラブ人の住宅で働く家事労働者や近郊の工場労働者は、低賃金の過酷な労働条件のもとで搾取され、人権無視の事例も少なくないという研究事例もある。歴史研究に留まらず、主権国家に変貌したとされるかつての「海賊国家群」が、「多外国人国家」に移行したともいえる対象社会の実態をも研究対象として包摂する地域研究への発展を切望する。

 

●受賞者プロフィール

佐藤尚平(さとう しょうへい)
金沢大学人間社会研究域准教授。博士(国際関係論)。専門は中東地域研究、イギリス帝国史研究。アラビア半島の現代史、イギリス帝国の解体について取り組んでいる。最近は、イギリス帝国による世界的な文書隠蔽工作についても調べている。オックスフォード大学大学院国際関係研究科博士課程修了、早稲田大学イスラーム地域研究機構研究助手、東京大学東洋文化研究所(日本学術振興会)SPD特別研究員などを経て現職。

■研究企画賞
「災害対応の地域研究」プロジェクトおよび地域研究叢書シリーズ「災害対応の地域研究」(全5巻、京都大学学術出版会)の刊行
    
 2016年度の研究企画賞は、京都大学地域研究統合情報センターの山本博之准教授を代表とする「災害対応の地域研究」プロジェクトによる「災害対応の地域研究」シリーズ(全5巻、京都大学学術出版会)の刊行完結(2016年3月)に決定した。
 山本氏らは、2004年末のスマトラ沖地震・インド洋津波の災害復興について精力的に現地調査を実施し、地域研究の立場から情報収集と情報発信に取り組んできた。当時、山本氏らが提供するウェブでの情報量は他を抜きんでていた。また、長期の現地での地域研究から災害対応を見るという点では、西芳実氏による「津波による復興がアチェ紛争に与える影響の研究」がその好例だった。その後も山本氏らはインドネシア等での災害研究を継続的に続け、そして、2011年の東日本大震災に至る。東日本大震災からの復興が今一つうまくいかない理由を考えるためにも時宜を得た企画となっている。
 この企画が世に明らかにした点は以下の二つである。一つは地域研究による「より意義のある、効果的な人道支援のあり方への貢献」である。普遍的な原則はあっても災害復興は極めて地域特異的であり、地域と外部世界との関係にも依存する。それを無視する人道支援は、非効率なばかりか有害ですらある。深い地域研究の必要性を再認識せざるを得ない。もう一つは、災害対応という「非日常」を通して見えてくる地域の「日常」の本質についての研究意義である。災害対応は、その地域の日常を基盤とし、その地域の外部との関係を基盤としている。シリーズを読み進むうちに日常と非日常などという分け方そのものに疑問が生じるとの声が、審査委員から挙がったことも付言しておきたい。災害対応という非日常の中でこそ見える地域の本質に迫る研究を今後も期待したい。
 

●受賞者プロフィール

山本博之(やまもと ひろゆき)
京都大学地域研究統合情報センター准教授。博士(学術)。専門は地域研究。マレーシア・サバ大学講師、在インドネシア・メダン日本国総領事館委嘱調査員等を経て、2007年より現職。2004年12月のスマトラ島沖地震・津波(インド洋津波)を契機に、地域研究者(特に人文社会系)による災害対応の意義と可能性に関心を持ち、現地調査などを重ねてきた。現在は対象をインドネシアからフィリピンとマレーシアに拡大して災害対応の地域研究に取り組んでいる。

 
■社会連携賞
鹿児島島大学国際島嶼教育研究センターの奄美群島における社会連携活動
    
 鹿児島大学国際島嶼教育研究センターは、鹿児島県島嶼からアジア太平洋島嶼部まで広範囲な地域を研究対象とするなかで、特にプロジェクトとして薩南諸島に着目し、奄美市および奄美広域事務組合、そのほか地域学校や教育委員会と連携し、島嶼住民参加型のプロジェクト活動を実施し、薩南諸島の生物多様性の保全のための啓蒙活動、世界自然遺産登録に向けた情報発信、島嶼学の概念強化などを通じて社会との連携に努めている。
 鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの奄美群島における社会連携活動が、地域研究コンソーシアム賞社会連携賞にふさわしい理由としては、第一に、島嶼域という地域を島嶼学を通じて研究するのみならず、自治体、地域住民などとの多様な社会連携を包摂する活動であること、第二に、対象地域に研究拠点(奄美分室)を設け、その活動を支える体制を整え、地域のこどもたちにフィールドワークの楽しさとともに、地域の生物多様性を学ぶ場を形成していること、第三に、世界自然遺産登録に向けた地域研究者の取り組みとして、多くの出版物を含む様々な広報活動に取り組んでいること、などにおいて、高く評価できる。これらの点に鑑みて、同活動は、社会連携賞の授賞対象としてふさわしいものと判断される。
 奄美群島における社会連携活動を授賞対象とすることは、これまでの活動の成果に対する評価である以上に、地域研究者が、研究だけに留まらず、地域の自然環境とその自然に根ざした地域の人々の暮らしを真摯に見つめ、多様な地域のステークホルダーに積極的に寄り添おうとする本活動の試行錯誤への賛辞である。

●受賞者プロフィール

河合 渓(かわい けい)

鹿児島大学国際島嶼教育研究センター教授。博士(水産学)。北海道大学水産学研究科後期博士課程単位取得退学。英国ウェールズ大学研究員を経て現職。専門分野は海洋生物学。特に、アジア太平洋島嶼での人と自然の関係について、学際的に研究を行なっている。著作には「“人と自然の共生”からみた鹿児島環境学」『鹿児島環境学Ⅰ』(南方新社、2009)、『The Amami Islands』(共編者、Hokuto Shobo publishing, 2016)などがある。

2016年11月5日
 
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:堀江典生
委 員:遅野井茂雄、中村尚司、門司和彦

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