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JCAS Review

地域研究 JCAS Review Vol.17 No.1 2017  P. 49-52  公開日:2017年3月30日
書評

神原ゆうこ著
『デモクラシーという作法 ──

   スロヴァキア村落における体制転換後の民族誌』
(九州大学出版会、2015年) 

評者 長與  進

NAGAYO Susumu

 
 
 
 
 『デモクラシーという作法』という魅力的なタイトルを持つ本書は、1989年の体制転換後のスロヴァキア村落をフィールドとして、文化人類学の手法に則り、「普通の人々」の歴史の記憶と社会意識という地層に、探査ドリルを下ろす採掘作業の成果報告である。おそらく著者の意図をもっとも端的に表現しているのは、第1章中の次の言葉だろう。──「本書では、社会主義的な価値観から、民主主義と資本主義の時代への価値観への移行を文化人類学的な視点で理解することを試みている。それは『西』側の価値観への単純な同化でもなく、また『敗者』として市場経済の社会への対抗的な価値観を急進的に身に付けるだけでもなく、そこに生活する人々の重なり合った価値観の拮抗のなかに見ることができる」(23頁)。
 本書は3部構成からなる。「予備的考察」とでも名付けるべき第1部「体制転換を取り巻く諸概念の検討」では、第1章「文化人類学が体制転換を扱うことの可能性」において、先行研究と基本的な政治概念が丁寧に吟味され、第2章「現地の人々にとっての市民社会とアソシエーション」で、調査対象であるスロヴァキアにおけるこの二つの概念の、歴史と現状が俯瞰される〔著者自身が「序」で勧めているように(13頁)、第1部は後から読んだ方が理解しやすいかもしれない〕。
 本論としての第2部「国境地域の村落の人々の生活変化とデモクラシーの自覚」では、第3章「スロヴァキア西部国境地域における人々の生活の変容」において、ふたつの調査地(パヴォル村とリエカ村)を含む、スロヴァキア西部国境地域ザーホリエ地方の歴史と現状が解説され、第4章「自覚されるデモクラシーとつながりの再生」ではパヴォル村を舞台として、1989年の体制転換時の記憶の掘り起しが、第5章「国境の開放としたたかな熱狂」は、もうひとつの調査地リエカ村の事例から、隣接するオーストリアとの、国境を越えた地域交流の実態に焦点が当てられる。
 同じく本論である第3部「『自治』の時代の人々にとってのデモクラシー」では、第6章「ネオリベラリズムの時代の自治/『自治』」で、体制転換後の地方分権化の時期の、スロヴァキア村落における「自治」の実態が考察の対象となり、最終章の第7章「『自治』の時代の自律性を支えるモラリティの存在」で、「自治」を支えるアソシエーション活動におけるモラリティ〔強いて訳すとすれば、「道義」だろうか?〕の役割が指摘される。
 以上が大まかな輪郭だが、いうまでもなく本書の魅力は、それぞれの細部の入念な調査と描写と分析にある。たとえば著者は第4章で、オーストリア国境に近いパヴォル村での、1989年の体制転換時の「革命」プロセスの記憶を掘り起こしている(129頁以降)。オーラル・ヒストリーの手法が巧みに用いられ、人口2000人程度の小さな村の、ミクロ世界における「革命」の実態が、重層的に、影の部分も含めて描き出される。村での「革命」活動を先導して、「暴力に反対する公衆」(VPN)の村代表になった診療センターのフェレンツ医師は、「話が上手で、集会で演説をすると、集まった人々はひきつけられた」(136-137頁)が、「革命のときに共産党員から嫌がらせを受けて嫌な思いをした」(141頁)らしく、2006年に彼が死ぬと、遺族は村を引き払ってしまったという〔「リベラルな批判的知識人」の宿命?〕。村の初等学校教諭で「革命」に賛同する立場を取り、1990年から2006年まで村会議員を務めたコヴァーチョヴァー氏は、「秘密警察の協力者」という噂を流された(144、158-161頁)〔体制転換後の社会で、こうした事例はけっして珍しいものではない〕。あるいは、体制転換当時に村長だったが、「革命」活動に一定の理解を示し、「共産党員ではあったが、それほど思想的に凝り固まった人ではないと『革命』派からも評価されており……様々な方面に人脈がある人物として一目置かれて」(155頁)、結局体制転換後も、引き続き2006年まで村長を務め上げた「不倒翁」氏(136、139、219頁)〔ようするに人望があって調停力に富み、村の運営に欠かせない「顔役」だった、ということか〕。草の根レベルの「革命」のなかでの、一人一人の「生きざま」が、学術的節度を保ったインタヴューの積み重ねのなかから、生々しく浮かび上がってくる。こうしたエピソードは、著者が記録しなかったら、歴史の地層のなかに埋没してしまったかもしれない。
 この個所で著者は、些細だが気になるひとつの事実を記録している。パヴォル村の活動家グループは、「当初はチェコの『市民フォーラム』に賛同するという趣旨で『フォーラム』と名乗っていた。しかし、11月末に郡の中心地であるセニツァ町に『暴力に反対する公衆』(VPN)の支部ができ、その支部と話し合った結果、パヴォル村も『フォーラム』からVPNに改称した」(137頁)
*1。類似の現象は、スロヴァキアの他の地域(たとえば東部のコシツェ)でも見られたことが確認されている*2が、セニツァ町のVPN支部とパヴォル村の活動家グループのあいだで、この改称をめぐってどのような議論があったのだろうか〔それとも事務的に決まった?〕。「チェコスロヴァキア」アイデンティティか、それとも「スロヴァキア」アイデンティティか、のいずれが優先されたのかが、端的に示された興味深い事例で、1992年末のチェコスロヴァキア連邦制度の解体*3にも通底する象徴的なエピソードである。
 全体を通読した上でのひとつの素朴な感想だが、現在のスロヴァキア村落における「教会」の位置と役割が、いまひとつ掴みきれなかった。第一共和国時代(1918-1938年)まで「村落では、消防団や職業集団、カトリック関連の結社が中心となって活動を行なっていた」(59頁)とあり、その当時の村落のアソシエーションのリストには、「キリスト教農民協会」(パヴォル村、93頁)、「キリスト教農民協会」、「カトリック連合」、「カトリック女性連合」、「カトリック青年会」、「(教会合唱団)慈愛」(リエカ村、94頁)が挙がっている。社会主義体制下で教会の社会的影響力が行政的に制限されたことは、周知の史実だが
*4、体制転換後はそうした制限は完全に撤廃されたはずである。だが本書の記述からは、教会とその傘下のアソシエーションの活動が、前面に出ていないような印象を受ける。体制転換の時期に、教会はどのような姿勢を取ったのだろうか(支持したのか、傍観したのか?)、村の活動家グループの拠点にならなかったのか、教会(あるいは個々の神父)が、なんらかの社会的役割を発揮しなかったのだろうか。それとも、スロヴァキア村落でも社会主義体制下で「世俗化」プロセスが進行して、教会はすでに村落でのアソシエーション活動の主要な核ではなくなってしまった、と判断してかまわないのか。
 閑話休題。「結論 デモクラシーという作法」はとくに熟読に値する。いくたの卓見のなかで、ここでは次の二文に注目したい。──「体制転換後の村落では、デモクラシーが時代の作法(である)かのように、人々に理解され、その形式を実践されることで、政治的な価値観が変容してきた」(282頁)。──「顔の見える人間関係のなかで生活する村落においては、個人の意思の差異を包括できるようなゆるやかなモラリティの存在が、アソシエーション活動を支えているのである。強制力を発動させるものでもなく、排除を生むものでもないゆるやかさがここでは効果を持つのである」(286頁)。草の根レベルの社会では、デモクラシーが「理念」でなく「作法」として受け入れられ、ゆるやかな〔この表現は、必ずしもポジティヴな意味だけで理解すべきではないかもしれない〕「道義」が社会活動を支えているという指摘は、「デモクラシー」の意味と効力(限界)が改めて問い直されている今日、示唆するところ大である。
 本書は、「鳥瞰図」と「虫瞰図」がバランス良く組み合わされ、細部にまで目が行き届いた完成度の高い仕事である。著者がこれらの村で本格的なフィールドワークをはじめたのは、2007年とあるが、10年足らずでこれだけ密度の高いモノグラフをしあげた著者の、強靭な「知的体力」には驚嘆する。インタヴューの訳文も含めて、文章全体もよく練られていて読みやすい。本書のおかげで、スロヴァキア(にかぎらず、ポスト社会主義の中東欧諸国)における「体制転換」と、その後の時代展開に対する私たちの「眺め」は、格段に深められたと言えるだろう。長い知的な「暗中模索」のなかから、一人の自立した地域研究者がゆっくりと立ち上がってくるさまが、冷静な筆致で描かれた「あとがき」も必読である。



*1    137頁に掲載された写真でも「市民フォーラム」と表記されているが、この写真は11月23日のものとされる(136頁)。改称の日付は、巻末の年表によると11月30日(335頁)〔著者のきめ細かな仕事に脱帽!〕。気になる一週間である。
*2    Jan Rychlík (2002) Rozpad Československa―Česko-slovenské vztahy 1989-1992. Bratislava, s. 71-73 (ヤン・リフリーク『チェコスロヴァキアの解体 チェコ=スロヴァキア関係 1989-1992年』).
*3    ちなみに著者はこの出来事を、一貫して「分離」と表現している(たとえば199-203頁のコラム)。これには若干の違和感を覚える。「分離」という言葉は、「スロヴァキアがチェコから分かれた」というメッセージを含意するが、著者も同コラムで周到にまとめているように、「経済政策の方針の不一致とスロヴァキアの政治的混乱」(199頁)による連邦制度の「解体」、「空中分解」、「機能不全」と表現した方が、妥当なのではないか。
*4    本書でも、社会主義体制成立後に「リエカ村に関しては、カトリック女性連合がアソシエーションの存続を求めて請願書を提出したりしたが、結果として、宗教色を抜いた女性協会(婦人会)として再編された」(102頁)というかたちで、さりげなく触れられている。
 

■評者紹介
①氏名(ふりがな)……長與 進(ながよ・すすむ)
②所属・職名……早稲田大学政治経済学術院・教授
③生年と出身地……1948年、愛知県
④専門分野・地域……スロヴァキアの歴史と文化
⑤学歴……1974年同志社大学文学部(哲学及び倫理学専攻)卒業、1984年早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専修後期課程単位取得退学。
⑥職歴……1984-1986年早稲田大学第一文学部ロシア文学専修助手、1991年から早稲田大学政治経済学部(当時)専任講師、1993年助教授、1998年から教授。
⑦現地滞在経験……1979年1月から1981年3月まで文部省交換留学生として、チェコスロヴァキア(当時)コメンスキー大学哲学部(ブラチスラヴァ)。1998年4月から2000年3月まで、客員研究員としてカナダのオタワ大学歴史学科スロヴァキア歴史文学講座。
⑧研究手法……もっぱら文献研究、フィールド・ワークの経験はほとんどなし。
⑨学会……東欧史研究会、日本スラヴ学研究会、日本ロシア文学会
⑩研究上の画期……やはり1989年暮れのチェコスロヴァキアにおける「体制転換」と、1992年末の連邦制度解体。留学時代から、「社会主義体制」が不人気であったことは、皮膚感覚で知っていたが、まさか10年も経たないうちに崩壊するとは……。スロヴァキア人のあいだに、チェコ人に対する対抗意識があることも感じ取っていたが、まさか連邦制度が解体するとは……。教訓―人間(研究者も含む)は、「目の前の現実」となんとか折り合おうとする生物である。
⑪推薦図書……いま夢中になって読んでいる本は、沈志華 (2016)『最後の「天朝」――毛沢東・金日成時代の中国と北朝鮮』(上)(下)、朱建栄訳、岩波書店。

 

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